こうやって愛したの 2

 菅さんと出会ったのは意外にも、大学3回生の春だ。随分と長い時間を彼女と過ごしたように思えていたが、頻繁に会っていた期間は2年ほどだった。しかしその期間などは関係なく、彼女との時間はとても濃厚で、色褪せない。

 

「ねえ、杉本くん、あの娘知ってる?」

 僕が食堂でカツ丼を頬張っていると、長机を挟んで対面に座った日菜子が尋ねてきた。日菜子の方を向くと、彼女の小さな人差し指が、僕の斜め左後ろを指差しており、顔だけ振り向き確認すると、5メートルほど離れた位置で、黒髪でボブの唇の赤い女がこちらを睨んでいる。僕はすぐに日菜子の方を向き直り、「指差すな、ばか」と窘めた。

「ごめん。でもね、あの娘、噂なんだ。菅さんって名前。この春から編入してきたらしいよ」

編入?」

「そうそう。短大を卒業して、別の大学で3回生から続ける制度があるじゃん。彼女がそれ。」

「ふうん。でもさ、そんな人、何人かいるでしょ。なんで噂になってんの」

「それはね…、あ、待って、もうこんな時間か、マズいね。サークル行かなきゃ。打ち合わせあるからさ」

「あ、おい」

 日菜子はさっと立ち上がり、「ではでは」と言って去って行った。彼女が飲んだコーラの空き缶が、長机に置きっ放しになっている。

「捨てろよな」

と声を掛けるが、日菜子には届かず、彼女は既に食堂の出口に差し掛かっていた。逃げ足がなかなか早い。

 腕時計を見ると、間も無く3限が終わるようだ。今日、僕は1,2限で授業が終わり、アルバイトの予定もないことから、日菜子のサークルまでの暇つぶしに付き合っていた。

 食堂は昼のピークを過ぎて、閑散としている。ふと気になって、左後ろをこっそりと振り返った。名前を何と言ったか、そう、菅さんだ。菅さんはこちらを見ておらず、何やら文庫本のようなものに熱中している様子だった。

 僕は小説が好きで、本を読んでいる人がいたら老若男女問わず、一瞬惹かれてしまう。どんな本を読んでるんだろう。先ほど日菜子に中途半端に聞いた内容も気になる。

 それに、可愛かった。大学はたしかに人が多いが、3回生にもなると、知った顔が多くなってきて、新たな出会いは期待できない。新入生は目新しいが、僕は元来、年下というのはどうも苦手だった。そう思うと、菅さんは新鮮で、とても魅力的に思えてきた。

 考えていたら居ても立っても居られなくなってくる。僕は唐突に立ち上がり、回れ右をした。

 僕の回れ右の勢いの良さに菅さんが顔を上げ、目が合い、これまた勢い良く、僕は前進した。

「座っていい?」

 閑散とした食堂で、僕だけが立っている。食堂には10人もおらず、チラチラと見られているのが、見渡さずとも、認識できる。

思わず、 僕が勝手に対面の座席に座ると、菅さんは露骨に嫌な顔を見せた。その顔がとても綺麗だ、と僕は思った。